「兄弟は他人の始まり」などと言います。親の庇護の下で育つ子どものうちは、兄弟はとても仲がいい場合もあります。しかし、大人になっていくと、それぞれ考え方も違ってきて当然ですし、結婚をして自分の家庭を持てば、そこにはパートナーやパートナーの家族たちの意見も入ってきますので、さらに兄弟との関係が遠くなっていくものです。

相続でも、兄弟間、姉妹間で多くのトラブルが起きています。それはしばしば「お金だけでは割り切れない」といった感情の問題へ発展します。

Sさんは長年一流企業に務め、関連会社の経営までして引退しましたが、お子さん3人は全員が女性。長女はやはり一流企業勤務の男性と結婚し郊外に自分たちで家を建て、2人の子どもを育てています。二女は再婚した相手の転勤で遠く離れた町で暮らしています。子どもはいません。三女は独身ですが同棲している相手がいて、結婚を考えているようです。

三女はつい最近までSさんと同居して家事をやっていました。長女、二女が出ていったあともずっと一緒にいたのです。しかしSさんが75歳になろうというときに、長女が突然、二女がSさんの年金を勝手に使っている、その上ろくに働きもしないでブラブラしているのはおかしいと言い出しました。

最初は姉妹によくあるケンカのようなものだったのですが、しだいにヒートアップ。とうとう三女は追い出されるように家を出て彼氏と同棲を開始。長女が「仕方がなく」乗り込んできたのです。「自分で父の面倒を見る」と言ったのに、半年もしないうちに老人ホームを探してきて、そこにSさんを入れると言い出しました。

二女がこれにはさすがに呆れ、怒ったのですが、現実にSさんに痴呆の初期症状が出ていることもあって、ここからは真剣な問題になっていきました。

三女は長女とケンカして出ていったものの、二女に「結婚資金ぐらいは父から欲しい」と相談。長女は「面倒を見ているのは私」と居座り、どうやら実家を丸々、手に入れたいようすです。

その後、急激にSさんの健康が悪化し、なにも問題を解決しないままに亡くなってしまいました。相続の問題になって、遺産分割でもめてしまい、いまも係争中です。

もしSさんが痴呆になる前にはっきりとした結論を示していればと悔やまれます。せめて遺言だけでも書いておいてもらいたかったケースです。または、三女のために用意していた資金があったのなら、生前に贈与しておくべきでした。

経営に関しては優れた手腕と実績のあったSさんですが、自分の家のことについてはなにもしていませんでした。こうした消極性が、のちのち問題をこじらせる原因になっていきます。Sさんの場合、数年前に奥さんを亡くしたことから、立ち直れないままに来てしまったのかもしれません。また、娘のうち2人はすでに嫁いだので「片づいた」と思い違いしてしまったのかもしれません。

いずれにせよ、こうしたもめ事の種をきちんと解消できるのは、生きている間のSさんしかいなかったのです。そのときにチャンスがあったのです。いま、これをお読みになって「自分はまだまだ」とか「関係ない」と思っている方がいるとすれば、そういう人ほどもめる相続の種になりがちなのだと自覚していただきたいものです。