Aさんから連絡を受けました。「今年86歳になる私の父がとうとう寝たきりになりました。これまでは頑固で強気だったのに、急に弱気になってきて、遺言を書くと言い出しました。どうすればいいでしょうか」

遺言はいくつ書いてもかまいませんが、どれも遺言であることが認められた場合、最新の日付のものが有効となります。つまり亡くなる時点から見て、直近の遺言です。あとから古い遺言を持ち出しても、相続が混乱するだけですし、亡くなった人の意思は亡くなる直前に変わったわけですから、その決定を尊重することになります。

Aさんは3人兄弟の二男で、長男はアメリカに長期赴任中。三男は実家に寄りつかず、事実上、Aさんが入院や検査やリハビリに付き添い、施設の手配などもしてきました。そこで、父親がそんなAさんのことをほかの2人とは別の扱いをしたいと考えたとしても不思議ではないでしょう。

このままでは、父の介護ではなんにもしていない長男、三男にもAさんと平等に分けることになります。父の妻、Aさんから見れば母親はすでにおりませんから、3人で3等分です。父親としては、それはおかしい、と思ったのでしょう。また、すでに長男にはマンション購入費用の一部を援助していましたし、三男の借金を肩代わりしたこともあるのです。

だからといって、寝たきりの父親の遺言を、Aさんが代筆してはいけません。そんな遺言は認められませんし、トラブルの元です。

この場合、正しい方法は、公証役場に相談し、公証人に出張してもらい、口述で遺言をすることです。Aさんには、その手配をするようにアドバイスしました。

公証人は、裁判官などの法律実務に長年携わってきた人たちですから、法律の専門家です。正確な法律知識があり、しかも経験も豊富。複雑な内容だとしても、法律的にしっかりとした文面の遺言として完成させてくれます。相談しながら、よりよい遺言にしていきます。

こうして作り上げた公正証書遺言は、法的な不備で無効になるおそれはゼロです。現在、もっとも安全確実な遺言方法と言われています。

公正証書遺言の作成には、2人の証人が必要となります。この手配も相談に乗ってくれます。交通費、謝礼で証人も探すことができます。公証人には法律上の守秘義務があります。公証人を補助する書記も同様。証人も法律上、秘密を守らなければ訴えられる可能性があります。

なお未成年者、配偶者、直系血族のほか相続人になる可能性のある人も、証人にはなれません。利害関係者は証人になれないのです。では、どういう人がいいのか。この場合、Aさんの父親の友人がいるのならその人に頼むといいでしょう。

こうして公正証書遺言になれば、あとから長男や三男が「Aが、自分の都合のいいように遺言を書かせた」と主張することは困難になります。むしろ、生前に贈与を受けていたり、借金の肩代わりをしてもらった金額は、相続額から引かれて当然、ということになると思います。

もちろん、長男、三男にも遺留分を主張できますので、相続をゼロにすることは難しいかもしれませんが、公証人はその点も踏まえた遺言にするようにアドバイスしているはずですから、もめる芽はかなり摘むことがきるのです。