ここまで相続と遺言についてのいろいろな話をしておきながら、現実には「相続したくない」という選択肢があることを忘れてはいけません。

なんとか相続させたい、できるだけ低コストで相続させたい、財産を減らさずに残したいという声の一方、「相続はいりません、したくありません」という声もまた、尊重しなければトラブルのもとになります。

いわゆる相続放棄です。これはほかの相続人に「私はいりません」とか、「私はこれだけで、あとはいりません」と言えばいい、というわけではありません。相続といういわば権利は、相続が発生(被相続人が亡くなった時点)で自動的に発生しています。その死を知らなかったとしても、法律的には相続人になっているのです。

これを、たとえばまだ被相続人が生きている間に放棄することはできません。また、兄弟間などで、相続発生前に約束を取り交わしたとしても、それは違法で無効です。もし他の相続人に脅迫などで放棄を迫ったりすれば、そういうことをした本人が相続の対象から外される恐れが出ます。

ということで、相続の放棄は、あくまでも相続が発生してから、家庭裁判所に対して「申述」します。それだけでOKです。ただし相続の開始を知ったときから3か月以内にすること。相続放棄の申述書などの書類と収入印紙800円が必要です。どのような書類が必要かは家庭裁判所のサイトに詳しく出ています。

また、このとき、どの家庭裁判所に届けるか、ですが、基本的には被相続人が最後にいた住所地の家庭裁判所です。この管轄も家庭裁判所のサイトで検索ができます。

ただし相続を放棄した場合、それを取り消すことはできません。放棄したあとに新たな事情(別の財産が出てくるなど)があったとしても、取り消せませんので注意してください。

こうして、相続人全員が放棄してしまったときには、相続人が不存在として扱います。相続財産管理人が選任されて、裁判所の許可の下で財産を処分します。たとえば借金があればその返済をしたり、最後まで看病をしたといった特別縁故者がもし財産分与請求してきたときにその対応をして、最終的に余った財産は国庫に納めます。

一代で築いた事業があり、誰も相続しようという人がいないときには、人手に渡ってしまうでしょう。たとえば故人の株券を現経営者が引き取るといった方法で事実上、会社の所有が代わってしまうわけです。

もしそうしたくないのなら、相続人がいないときには、生前に事業を売却しておく、または事業が承継されるように手を打っておく必要があります。そのために銀行や会計士、税理士、コンサルタントなどが対応しています。

たとえば日本M&Aセンターのような事業の売却先の仲介をしてくれる会社もあります。日本の企業のほとんどが中小企業ですが、だからといって買い手がいないわけではないのです。

相続人が「親に言われて仕方なく事業を相続したが、とてもじゃないけど、自分には経営なんてできない」とあとになって売り出すこともあります。

こうした事態でもめないためには、生前に事業内容をしっかり整理し、売りやすい会社にしておく必要もあります。これも一つの経営責任だと言えます。