ひとりで静かに満足して旅立つためにしておくべき最小限の準備

相続と遺言。いずれも人生の最後に訪れるイベントです。それは、自分の人生のうちこの世に残るものをどう処分するか、という最終決断です。

ですが、いまの時代、すべての被相続人に家族がいるわけではありません。少子高齢化社会によって、たとえば90歳まで生きたときに、自分の配偶者も子もすべて先立たれる可能性は、みなさんが思うほど低くはないでしょう。老人の孤独死は、一時話題になりましたが、いまではもう話題にもなりません。それだけ「当たり前」になってしまったのです。

好きで孤独になる人もいます。どういうわけか気づいたら孤独、ということもあります。いずれにせよ、生きている間になにかしておかなければ、自分の後始末を誰かに押しつけることになってしまいます。

私たちは、ちょっと文学的な表現でいえば、基本的には生まれながらにして孤独なのです。ひとりで生きていき、ひとりで死ぬ。それもあり得る人生です。ステレオタイプな日曜日の夕方のアニメのような家族ばかりが家族ではありません。

こうなると現実として自分の死をしっかり演出しておかなければなりません。その時が来た時に、もはや判断力、認知ができない状態にあるかもしれませんから、できれば「まだ自分は若い」と感じている間に、手を打っておきましょう。

公正証書遺言によって、自分の意思をハッキリさせておくことを第一にします。遺言をつくることで、さまざまなことが想起され、決断を迫られます。「死ぬ時のことなんてわかるわけがないじゃないか」とおっしゃるなら、「いますぐ死んだ場合」を考えてみてください。

「財産なんてないよ」と言いつつも、ちょっとしたコレクションをどうするか。自分が大切にしてきたものをどうするか。少しでも寄付できるところはないか。誰かに引き継いでもらえないか。それを考えてみてください。決断できるのは生前のあなただけです。

遺贈という言葉があります。遺言によって、人や法人に遺言者の財産を無償で譲ることです。この場合の無償とは、一定の負担は要求できますが、対価性はないこと。「飼い猫の面倒を見ることを条件に」といった要求はできますが、「100万円で」といった要求はダメということです。

遺贈は、受ける側の反応しだいでどう実行されるか不確定なことは承知しておいてください。断られたら貰ってくれません。また遺贈で指定した人が亡くなっていたら、その相続人の判断しだいで断られることもあります。

この点では贈りたい相手の気持ちも生前に確認しておきたいものです。死者からのプレゼントはけっこう重たいものです。その負担に耐えてもらえるかどうか。まして親子でもない相手に。このあたりは身勝手に突き進まないようにしたいものです。

ある経営者は毎年誕生日に遺言を書いているそうです。遺言は最新の日付のものが有効です。事情も考え方も変わります。それがその人にとっての責任の果たし方だそうです。

みなさんも、元気なうちにこそ、遺言と相続を真剣に考えましょう。

親の築いた事業を子が相続したくないという場合には売却できる?

ここまで相続と遺言についてのいろいろな話をしておきながら、現実には「相続したくない」という選択肢があることを忘れてはいけません。

なんとか相続させたい、できるだけ低コストで相続させたい、財産を減らさずに残したいという声の一方、「相続はいりません、したくありません」という声もまた、尊重しなければトラブルのもとになります。

いわゆる相続放棄です。これはほかの相続人に「私はいりません」とか、「私はこれだけで、あとはいりません」と言えばいい、というわけではありません。相続といういわば権利は、相続が発生(被相続人が亡くなった時点)で自動的に発生しています。その死を知らなかったとしても、法律的には相続人になっているのです。

これを、たとえばまだ被相続人が生きている間に放棄することはできません。また、兄弟間などで、相続発生前に約束を取り交わしたとしても、それは違法で無効です。もし他の相続人に脅迫などで放棄を迫ったりすれば、そういうことをした本人が相続の対象から外される恐れが出ます。

ということで、相続の放棄は、あくまでも相続が発生してから、家庭裁判所に対して「申述」します。それだけでOKです。ただし相続の開始を知ったときから3か月以内にすること。相続放棄の申述書などの書類と収入印紙800円が必要です。どのような書類が必要かは家庭裁判所のサイトに詳しく出ています。

また、このとき、どの家庭裁判所に届けるか、ですが、基本的には被相続人が最後にいた住所地の家庭裁判所です。この管轄も家庭裁判所のサイトで検索ができます。

ただし相続を放棄した場合、それを取り消すことはできません。放棄したあとに新たな事情(別の財産が出てくるなど)があったとしても、取り消せませんので注意してください。

こうして、相続人全員が放棄してしまったときには、相続人が不存在として扱います。相続財産管理人が選任されて、裁判所の許可の下で財産を処分します。たとえば借金があればその返済をしたり、最後まで看病をしたといった特別縁故者がもし財産分与請求してきたときにその対応をして、最終的に余った財産は国庫に納めます。

一代で築いた事業があり、誰も相続しようという人がいないときには、人手に渡ってしまうでしょう。たとえば故人の株券を現経営者が引き取るといった方法で事実上、会社の所有が代わってしまうわけです。

もしそうしたくないのなら、相続人がいないときには、生前に事業を売却しておく、または事業が承継されるように手を打っておく必要があります。そのために銀行や会計士、税理士、コンサルタントなどが対応しています。

たとえば日本M&Aセンターのような事業の売却先の仲介をしてくれる会社もあります。日本の企業のほとんどが中小企業ですが、だからといって買い手がいないわけではないのです。

相続人が「親に言われて仕方なく事業を相続したが、とてもじゃないけど、自分には経営なんてできない」とあとになって売り出すこともあります。

こうした事態でもめないためには、生前に事業内容をしっかり整理し、売りやすい会社にしておく必要もあります。これも一つの経営責任だと言えます。

再婚した連れ子の相続でもめる場合とスムーズに相続できる場

養子も子として相続人になれます。実子と養子の区別はありません。ところが、再婚時にきちんと養子の手続をしていない場合は、再婚相手の子とはいえ、相続人にはなれません。この差は天と地ほどの差があります。

ちょっと複雑な話になりますが、世の中ではとてもよくあることなので、しばらくお付き合いください。

夫Aさんは、前妻との間に2人の子がいます。この2人は前妻のところにいます。再婚した妻Bさんも2人の子がいます。前夫との間の子です。

この場合、法律的に4人の子どもの立場がどうなるのかといえば、Aさんの子2人は、前妻に親権があって別の生活をしていても、Aさんの実子(嫡出子)であることは間違いないので、法律的にAさんが亡くなった場合の相続人となります。でも、Aさんの妻Bさんの子ではないので、Bさんが亡くなった場合の相続人にはなりません。

同様に、Bさんの子2人は、Bさんの前の夫の実子(嫡出子)です。ですから前夫が死亡したときの相続人ですが、Aさんの相続人にはなれません。

このとき、考え方はいろいろあります。このままでもいい場合もあるでしょう。それをBさんの前夫が望んでいるのなら、そういうことも排除する必要はないと思います。

でも、もしAさんの相続人にBさんの2人の子をしたいのなら、Aさんの養子にする手続が必要となります。そしてBさんの相続人にしたいのなら、Aさんの子をBさんの養子にする必要があります。お互いの子をお互いの養子にすると、法律上、親子として機能することになります。

養子には、特別養子縁組と普通養子縁組があります。特別養子縁組は、たとえば事情があって完全に養子先の子として育てる場合に、実親との関係を断ちきるものです。こうしなければ、あとで実親が出てきて、取り戻そうとするなど、子どもにも養子先にもトラブルが起こりやすいために、こうした制度があります。家庭裁判所に養子縁組の審判を請求して手続を進めることになりますが、原則としてこの時点で、6歳未満(0歳~5歳)の子であることとなっています。

一方、普通養子縁組。これは原則、当事者の意思で自由に縁組できます。養子が未成年者のときは、養子が自分自身や配偶者の孫や配偶者の連れ子など直系卑属でない限り、家庭裁判所の許可が必要となります。つまり、AさんBさんの場合は、役所で養子縁組の手続をすれば、OKです。

また普通養子縁組の子は、養子によって得た親と元々の自分の親の両方がいます。どちらの相続人にもなれます。

この養子縁組による相続は、現在の法律で婚姻が認められていない同性愛のカップルでも有効です。パートナーを子にするわけです。

また、養子縁組が事情によって不可能なときは、遺言によって相続人に指定することができます。法定相続人には遺留分があるので、遺言だけでその人に全財産を渡すことは難しいものの、たとえば法定相続人がいない(いても兄弟姉妹ぐらい)といった場合なども、遺言で相続人を指定することは、とても有効で、わかりやすい相続が期待できます。

オヤジがすごく若い嫁さんと突然結婚して間もなく他界したケース

「悔しいんですよ」とJさんが訴えてきました。Jさんの父親は闘病中に離婚。病院で知り合ったらしい若い女性と再婚しました。

そのおかげもあってか、一時は退院をして自宅療養までできるほどになったのですが、再発して再入院。その後、帰らぬ人となってしまいました。

Jさんの母親とは30年暮らし、最初の闘病時にも献身的に尽くしたのです。それが、離婚によって肩の荷は下りたものの、わずか1年半ほどしか結婚していない若い女性が、家からなにからすべてを自分の名義に書き換えていたのです。

離婚しているのでJさんの母親は相続人にはなりませんが、Jさんら兄弟は被相続人の実子なので、子として相続ができます。ところが、主要な財産であった家屋と土地は彼女名義になっており、「相続財産ではない」と主張しているのです。

土地と家を除けば、遺された財産はわずかで、中古のクルマを処分したり、株券を処分しても数百万円にしかなりません。入院していた関係で借金も残っていましたので、相殺すると各人に10万円ほどしか残りません。

「なんか、理不尽ですよね!」とJさんは言いますが、正式に離婚し、再婚しているのでこの点についてはどうにもなりません。あとは、生前に妻名義にしている土地家屋。これが主要な財産であることは間違いありませんが、若い妻の主張によると「多額の借金の返済をしたから」と言うのです。

調べてみると、父親はそれまでに負った1000万円近い借り入れを、彼女に返済してもらっていました。そのうちの500万円は離婚時の慰謝料だったようです。

こうなると、あえてもめて事を荒立てるのもどうか、という気になってくるものです。もし、生前に一度でも父親と会う機会があり、Jさんが事情をちゃんと聞いていれば、妙に母親の肩を持って憤る必要もなかったかもしれません。

父親には説明するチャンスがありました。一時的には回復して自宅療養していたのですから、その時にでも、面倒でも子たちと話をしておくべきだったでしょう。

この件には後日談があり、父親が入っていた生命保険の受取人は、Jさんの母親だったので、保険金を受け取ることができたそうです。おそらく、彼なりにバランスを考えて、保険の名義は離婚後もそのままにしておいた可能性があります。

「どうしますか? 法廷で争いますか?」という弁護士の言葉に、Jさんは最終的にもめ事は避ける決断をしました。

それにしても、こうしたことは、できれば生前にきちんと話しておくか、遺言によって明らかになるのようにしておいた方がいいでしょう。

まして大病のある人はいつ亡くなるかわからないわけですから、責任をまっとうするためにも生前の手続をきちんとやっておきたいものです。

国際結婚している人の相続ってどうなっちゃうのかと心配な人へ

国際結婚をしている人にとって相続が発生したらどうなるのかと思っている人も多いかもしれません。まず、この原則だけは覚えておいてください。相続は被相続人の本国の法律に従います。被相続人、つまり亡くなった人です。その人の国籍がどこにあるかによって、その国の相続に関する法律が適用されます。

相続は貰う側(相続人)の都合ではなく、あくまで遺す側、被相続人の意思なのです。このため、どの法律を使うかは、被相続人の国籍しだいということになります。

たとえば、被相続人は生前にフィリピンの女性と浮気をし、それが原因で離婚。日本に子がいましたが、その後、浮気相手のフィリピン人女性と再婚し、その間にも子を設けました。

こうして亡くなってしまうと、誰がどのような相続になるのか、というのが気になるところです。この場合、被相続人は日本国籍なので日本に住んでいますから、日本の法律に基づいて相続をすることになります。

別れた最初の妻には相続の権利はありません。しかしその間に生まれている子は直系親族なので相続人です。またフィリピン人女性は配偶者なので当然に相続人となり、その間の子も相続人となります。

ただし、もし被相続人だけたとえば日本で入院していて、フィリピン人の妻と子がフィリピンにいるような場合は、きちんと話をしなければならない手間がかかりますね。「法律でこうだから」と言えば終わる話ではないでしょう。

では、被相続人もフィリピンに行ってしまった場合はどうか。こうなるとフィリピンの法律によって相続をすることになってしまうことになりかねません。日本とフィリピンの両方に財産が残っている場合などは、かなり面倒なことになるでしょう。

国際結婚をしたとき、そしてどこに居住するかによっては、現地の法律にも詳しくならなくてはなりませんし、自身が万が一、事故などで急逝することも含めて事前に考えて手を打っておくべきです。

相続人の相続税は、相続人の本国で課税されます。たとえば、米国人の夫と日本人の妻、その子という組み合わせで、米国に住んでいたとき、夫が急逝したとします。このとき、相続は米国の法律に従って手続きされていきます。が、日本人妻がつい最近まで日本に居住していて日本にまだ住居もあるなら、日本で課税されます。たとえ外国籍でも日本に住居があるときは日本で課税されるのです。

このように、原則がわかっていても、実際にはかなり複雑になってしまうのが国際結婚による相続なのですから、より慎重に調べて、生きている間に遺族が迷わないようにしておきたいものです。

非嫡出子への差別がなくなった画期的判決の影響と遺留分の基礎

平成25年9月4日、最高裁の大法廷で決定された判決は、民法に定めた相続の規定のうち、非嫡出子は、嫡出子の2分の1を相続分としている部分を「憲法違反」と断定し、封建主義的な家長制の時代に定められたまま、戦後も引き継がれてきたこの規定に合理的な理由はないとしました。

最高裁は大法廷と小法廷があります。どちらも判決の効力は同じですが、大法廷は憲法など法律の根幹に関わる大きなテーマを主とします。

非嫡出子は、戸籍上は親子ではない子のこと。従来の考えでは、日本は戸籍制度があり、それに基づいた家族制度があり、それを守るための婚姻制度や相続制度として考えられていました。

かつての時代に、戸籍上の子が不利益になることがあれば、家長制が揺らぎますし、そもそも戸籍や家族という概念を脅かしかねないと考えて、あえて、相続でも差をつけていたと思われます。

しかし、この最高裁判決は主に2つの理由から、時代の変化に応じて解釈を変える必要があるとしたのです。その理由の1つ目は「時代の変化」です。すでに家長制はなく、核家族が基本単位となっている現代では、婚姻していない父母の子だからといって、差別される理由がありません。たまたま戸籍上で婚姻している間に生まれた子と、そうではないときに生まれた子でも、親子は親子なのです。

もう一つの理由は、国際化です。すでに1960年代から先進国ではこうした規定の撤廃がはじまっていました。遅れていたドイツも1998年(平成10年)に、非嫡出子の相続法上の平等化に関する法律ができています。またフランスは2001年(平成13年) に、やはり法律が作られ、嫡出子と嫡出でない子の相続分に関する差別が撤廃されました。

こうなると、日本だけが守り続けていると、いろいろ不都合が起こります。フランスは事実婚も多いので、そこで生まれた子は、日本では非嫡出子になります。ですが、そんな意識はありません。なぜ区別しなければならないのか、というわけです。その「なぜ」に私たちは明確に答えることができないと、最高裁は判断しました。

このように、いまではほとんど意味のない制度になってしまっているのだから、変えましょうという意味合いがあります。このままこの法律を継続することは、憲法14条「法の下の平等」に反するとしたのです。

こうして民法も改正になり、平成25年9月5日以降に発生した相続から適用されています。またこの判決で対応した事件の日付に関連して、平成13年7月1日以後に開始した相続のうち、遺産分割が確定していないものも適用されます。この判決の対象となった相続が平成13年7月1日に発生したものだったのです。

遺留分とは、法律で定められている相続人が最低限受け取ることのできる相続分のことです。基本的に、相続は被相続人(亡くなった人)の意思を反映します。だからといって「愛人に全額」とか「すべて寄付」としてしまうと、家族なのに路頭に迷う人が出て来ないとも限りません。

被相続人の意思は尊重しますが、遺留分も守られるというわけです。ただし、なにもしなくても守られるわけではなく、「遺留分をください」と「遺留分減殺請求」をしなければいけません。これは10年で時効になってしまいます。

遺留分は法定相続人が配偶者や子の場合、相続財産の2分の1です。親だけが法定相続人のときは3分の1です。法定相続とごっちゃにしてはいけません。法定相続は民法上でお勧めしている分割方法です。それを必ず守らなければいけないわけではありません。しかし遺留分については裁判をすれば勝ち取れるものなのです。

オヤジがボケた?成年後見制度と相続や遺言の関係を知っておこう

3人兄弟の末っ子のHさん。どういうわけか晩年の父親と気が合うせいか、押しつけられたわけでもなく実家に住んで父の面倒を見ていました。母はすでに病死しています。

その父親の異変をHさんの妻が気づきます。「お父さん、ボケてきたみたいよ」。これは深刻な事態です。「このままお亡くなりになったら、この実家を含めて兄弟3人で分けることになるぞ」。つまり、父親の死と同時に、住み慣れた実家を出ることになります。

計算したところ、いまこの土地家屋を売って3分割したとしたら、その金額では近くのマンションも買えません。子どもは大きくなっており、部屋数が必要です。古い実家は最適でした。家賃もいらないですから。

Hさんはもともと悪い人ではないのですが、こうした事態に直面したときに、悪いことを考えてしまいます。「いまのうちに遺言を書かせておこう」。

ところが、調べていると遺言でこの家をHさんに相続させると書いたところで、他の兄弟にも遺留分があるので、それについてはHさんが補填できるだけの財産を渡さなければなりません。相続税を計算したところ、預金はそれだけで吹っ飛びますので、とても兄たちに払う現金はないのです。

では3兄弟の共同の所有にして、兄たちに家賃を払うのはどうか。奥さんは「なんでお父さんの面倒も見てくれない人たちに、そんなものを払うのか」と難色を示します。毎日、お父さんの下着を洗っている彼女にしてみれば、兄たちの嫁さんはなんにもしていないのですから、理不尽というわけです。「家賃が払えるほど余裕なんてないわ」。

そうこうしているうちに、デイケアをお願いしているケアマネージャーから「ボケが進行しているので、成年後見人が必要ではないか」とアドバイスされました。「やった! それだ」。Hさんは自分が父親の成年後見人になれば、実印でもなんでも自由にできるのではないかと考えました。

そして生前に決着をつけることが可能ではないか? たとえばこの土地を担保にお金を借りてしまう、とか。相続するなら、お金の返済も相続しなければなりません。「実は父がお金を借りていたのだ」として、兄たちに相続放棄をしてもらう……。

Hさんはとってもいい人で、父思いで、だからこうして長年同居してきたわけなのですが、相続という1点だけで、徐々に「悪知恵」を働かしてしくようになっちゃう。これが恐ろしいところです。

成年後見人は、誰でもなれます。子や親族でもいいですし、他人でもできます。だからHさんは自らなれるものとを考えて、その手続をしました。

しかし、家庭裁判所から地元の行政書士を成年後見人にするように言われてしまいました。驚いたのはHさんです。「自分がなれるんじゃなかったのか!」とその行政書士に文句を言いました。

すると意外なことを聞かされたのです。「あなたのお兄さんから相続財産で争いが起きる可能性があると聞いたので、第三者になったのです」。長男たちもすでに事情を察知して法的な対応をする準備を進めていたのです。

こうしてHさんの思惑とは関係なく、またボケはじめた父とも関係なく、事態はもめ事に発展していくのでした。もっとも裁判になっていけば、Hさんが父親の面倒をみていたことは評価されるはずで、その分は当然に、他の兄弟より多く相続を受けることも可能でしょう。

できることなら、このように子たちが右往左往する前に、そしてボケる前に、父親が相続についてはっきりした対応をしておくべきでした。

相続税が変わるからこそ有効活用したい保険を活用した相続対策

平成25年度の税制改正によって、平成27年1月1日以降の相続税は大きく変わります。みなさんが心配しているのは、基礎控除額が引き下げられたこと。相続財産の額から黙って控除できる金額が引き下げられると、それだけ課税される可能性が高くなるからです。

これまで5000万円+1000万円×法定相続人の数でしたが、3000万円+600万円×法定相続人の数になります。従来、法定相続人が3人いれば、6000万円×3で1億8000万円の控除が受けられました。それが、3600万円×3で1億800万円に。

仮に課税対象の相続財産が1億5000万円だったとすると、これまでなら控除で十分まかなえて税金は納めなくてもよかったわけですが、今度は、4200万円分が課税対象となってしまいます。3000万円超5000万円以下の相続税率は20%ですから、840万円。ここでまた控除があるので200万円を控除して640万円を納税することになります。3人で割れば約214万円ずつということになるので、かなりの負担になるわけです。

このケースの場合なら、控除になる1億800万円まで、課税対象の財産を圧縮することができれば問題が軽減されます。そのために生命保険を活用するのです。できれば、差額の4200万円をすべて一発で消してしまいたいところですが、さすがにそうはいきません。

一時払い終身保険を活用する例としては、生保の相続は、500万円×法定相続人の数まで課税されませんので、3人いる場合は、500×3で1500万円まで、非課税にできます。というわけで、まず1500万円の一時払い終身保険に入るわけです。

これだけで4200万円から1500万円を引いて、残りの課税対象は2700万円になります。1000万円超3000万円以下の相続税率は15%、控除は50万円。355万円となって、1人あたり約118万円になります。だいぶ減りました。

このほか、毎年110万円までの贈与は非課税ですので、その制度を早くから利用して毎年、残りの2700万円分を3人に贈与していく方法もあります。110万円×3人で330万円を年間贈与していきますから、9年かければ十分です。

直接贈与せずに、その金額に見合った生命保険を掛ける方法もあります。つまり受取人を相続人にした死亡保険の保険料を、贈与として払ってあげるわけです。この場合は、保険金の受け取りについては、贈与税の対象になりますが、それでも、受け取る金額に比べれば少ないわけですし、現金が手元に入れば、相続税の税率が変わって納税しなければならない事態になったときも、受け取った保険金が税金に回せるので、負担は軽減されます。

生命保険には、このように、相続財産の評価額を引き下げることにも役立ちますし、保険金によって納税資金を準備する機能もあるわけです。

もう1つ重要な生保の相続対策としては、もめ事を減らす役割があるのです。たとえば、財産の大半が土地であり、それを現金化できない、したくない、また土地を分割したくない場合です。

生命保険の受け取った保険金は、受け取った人の固有の財産ですから、相続財産には含まれません。最初から受取人のものなのです。このため、「まとまった現金がないので、土地を売るしかないか」と悩んでいる場合、保険金で充当することにして、相続人に納得してもらうことが可能です。

これはたとえば長男が事業承継のために土地を丸ごと相続するかわりに、ほかの兄弟に代償を払う必要が出たとしても、その原資が長男にないときに、この生保の保険金を活用することもできます。

陥りやすい失敗例から知る不動産を失うことなく相続する考え方

不動産は相続する財産の中でも大きなものになります。現在の政権が推進している脱デフレ策が軌道に乗れば、インフレ傾向が強くなるはずです。みなさんが所有されている不動産の価値も、上昇する可能性が高くなります。

一方、相続税の控除は見直されて、徐々に課税範囲が拡大していく傾向になっています。政府は財政再建のためにバランスを取らなければなりませんので、税収を増やす方向になるはずです。もちろん、必要な減税もしますが、相続税はむしろ強化されていくと見ていいでしょう。

不動産についての相続で問題になるのは、「そっくり受け継いでほしい」という気持ちがある一方、そうなると相続人に平等に分配することはできなくなってしまう点です。不動産が唯一といっていい財産だった場合、そういうことが起こります。

事業を営んでいたWさんの相続もそれで失敗しました。Wさんには2人の子がいて、長男は公務員になり官舎暮らし。二男は家業を継ぐことになって、必死に経営をしていました。それでも、事業兼自宅の土地は、銀行からの借り入れのために抵当に入っていました。

残念だったのは、たまたま相続が発生する前、つまりWさんが亡くなる前の段階では、この事業の景気がとても悪く、借り入れをいっきに返済できるほどの他の財産はありませんでした。

相続では、抵当権のついた土地の相続は、抵当権も引き継ぐことになります。二男はそのつもりでいました。長男も「どうせ借金があるから」と相続放棄を決めて、そっくり二男のものになりました。

しかし、景気はさらに悪化してしまい、二男は借金の返済が滞り、結果的にその土地は競売にかけられてしまったのです。

亡くなったWさんの「家業を続けてほしい」という願いも虚しく、二男の代で事業は潰えたのです。

長男が悔やみきれないことは、もし二男がそこまで大変であることを打ち明けてくれていれば、援助ができたのではないか、ということでした。長男は公務員でいまのところ借金はなにもしていません。いずれ退職後には官舎を出るので、どこかに家を欲しいからと蓄財もしていましたので、現金の余裕もありました。

もしWさんが、亡くなる前に事業の窮状を見て借金をなんとかしておこうと決断すれば、いまも事業は細々とでも続いてたかもしれません。残念ながら二男には、そうした対応ができるほどまでには経営者として成熟していなかったのでした。

このように、「思いを伝えたい」と相続について生前に必死に考えるのであれば、とことん、打てる手は打っておいたほうがいいのです。打ち手が不十分な場合、せっかく伝わった思いが、その後に雲散霧消してしまう可能性もあるのです。

それを思えば、生前の、それも元気なうちにこそ、事業承継を含め、相続についてきちんと考えておく必要があるのです。

陥りやすい失敗例から知る兄弟間の確執と問題点を整理する方法

「兄弟は他人の始まり」などと言います。親の庇護の下で育つ子どものうちは、兄弟はとても仲がいい場合もあります。しかし、大人になっていくと、それぞれ考え方も違ってきて当然ですし、結婚をして自分の家庭を持てば、そこにはパートナーやパートナーの家族たちの意見も入ってきますので、さらに兄弟との関係が遠くなっていくものです。

相続でも、兄弟間、姉妹間で多くのトラブルが起きています。それはしばしば「お金だけでは割り切れない」といった感情の問題へ発展します。

Sさんは長年一流企業に務め、関連会社の経営までして引退しましたが、お子さん3人は全員が女性。長女はやはり一流企業勤務の男性と結婚し郊外に自分たちで家を建て、2人の子どもを育てています。二女は再婚した相手の転勤で遠く離れた町で暮らしています。子どもはいません。三女は独身ですが同棲している相手がいて、結婚を考えているようです。

三女はつい最近までSさんと同居して家事をやっていました。長女、二女が出ていったあともずっと一緒にいたのです。しかしSさんが75歳になろうというときに、長女が突然、二女がSさんの年金を勝手に使っている、その上ろくに働きもしないでブラブラしているのはおかしいと言い出しました。

最初は姉妹によくあるケンカのようなものだったのですが、しだいにヒートアップ。とうとう三女は追い出されるように家を出て彼氏と同棲を開始。長女が「仕方がなく」乗り込んできたのです。「自分で父の面倒を見る」と言ったのに、半年もしないうちに老人ホームを探してきて、そこにSさんを入れると言い出しました。

二女がこれにはさすがに呆れ、怒ったのですが、現実にSさんに痴呆の初期症状が出ていることもあって、ここからは真剣な問題になっていきました。

三女は長女とケンカして出ていったものの、二女に「結婚資金ぐらいは父から欲しい」と相談。長女は「面倒を見ているのは私」と居座り、どうやら実家を丸々、手に入れたいようすです。

その後、急激にSさんの健康が悪化し、なにも問題を解決しないままに亡くなってしまいました。相続の問題になって、遺産分割でもめてしまい、いまも係争中です。

もしSさんが痴呆になる前にはっきりとした結論を示していればと悔やまれます。せめて遺言だけでも書いておいてもらいたかったケースです。または、三女のために用意していた資金があったのなら、生前に贈与しておくべきでした。

経営に関しては優れた手腕と実績のあったSさんですが、自分の家のことについてはなにもしていませんでした。こうした消極性が、のちのち問題をこじらせる原因になっていきます。Sさんの場合、数年前に奥さんを亡くしたことから、立ち直れないままに来てしまったのかもしれません。また、娘のうち2人はすでに嫁いだので「片づいた」と思い違いしてしまったのかもしれません。

いずれにせよ、こうしたもめ事の種をきちんと解消できるのは、生きている間のSさんしかいなかったのです。そのときにチャンスがあったのです。いま、これをお読みになって「自分はまだまだ」とか「関係ない」と思っている方がいるとすれば、そういう人ほどもめる相続の種になりがちなのだと自覚していただきたいものです。